インパール作戦舞台へ慰霊参り

  • ポイントはここ!
  • 現地で最もインパール作戦の研究に情熱を注ぐアランバム氏によるガイド
  • アランバム宅にある本人によってマニプールのジャングル各地から採掘した遺品の数々が展示されている戦争博物館見学
  • インパール作戦で重要な舞台であった主要箇所を効率よく訪問
  • 佐藤中尉が滞在した風情ある素朴なナガ族伝統の村を訪ねる
  • 英霊となった各激戦舞台だった場所で現地式の慰霊セレモニーを開催
  • 険しい山脈の中「白骨街道」へ続くミャンマー国境の街モレーへドライブ
  • 地元の村民によって建てられた日本人戦没者慰霊碑で祈りを捧げる

インパール作戦研究家アランバム氏のご紹介

インパール作戦 アランバム氏

このプランでは、現地にてインパール作戦研究家のアランバム氏のガイドとしての同行を前提としております。

アランバム氏はインパール作戦の日本軍関連に精通しており、各地で自ら収集した遺品等が展示がされている戦争博物館及びインパール平和資料館の運営者でもあります。

現地で第二次世界大戦インパールキャンペーン財団を設立し、在インド日本大使館と日本の厚生労働省から感謝状を表彰されています。また、笹川財団より東京と沖縄へ博物館関連の協力として招待を受け、日本戦没者遺骨収集推進協会のプロジェクトの一員として活動をしております。日本語は話せませんが、携帯電話の翻訳アプリ等通して簡単なコミュニケーションをする事は可能です。

インパール作戦について

1944年(昭和19年)3月~7月に、インパールを包囲し、英印軍を始め連合軍による中国への補給ルート(援蒋ルート)を断つ作戦で、牟田口中将によって強引に実行されました。

当時日本の領地であったビルマから延べ60,000人程の日本将兵を動員され、補給を軽視されたこの作戦により雨季の中のジャングルと険しい2,000メートル級の山脈を徒歩で超える前に2週間分しか持たされなかった食糧や医薬品は絶えてしまい、多くが栄養失調やマラリア等の病にかかり亡くなられました。

インパール郊外のレッドヒル
最も過酷な舞台であったレッドヒル

50㎏もある重装備を担いでようやくインド側に辿り着いた将兵には更に過酷な戦闘が待ち構えていました。当初は勢いで英印軍を圧倒させたものの、補給の支援が一切無い日本兵は十分な栄養を蓄える事ができず、作戦中に最も悲惨な戦場であったインパール郊外のレッドヒルでは日本側はほぼ全滅状態になってしまいました。退却時にも途中で力尽きて多くが倒れ、ビルマまで最終的に戻れた日本兵はごく僅かです。

この4か月の戦いで日本軍の生存者は1割以下とも言われており、日本の歴史上最も悲惨な出来事とも言われています。殆どは戦闘では無く、餓死や病で亡くなられた方々が多いとされています。

結果的に日本側の敗北にはなりましたが、地元住民によって日本人戦没者慰霊碑が建設され、勇敢に粘り強く戦っていた日本軍の根性と精神は現地でも語り継がれている様です。

ベストシーズン:実際のインパール作戦戦闘の展開がモンスーン(雨期)の時期であったため、その過酷さを体験されるのであれば6月~7月。ただし、大雨によって土砂崩れも頻繁に発生し、道路が寸断される事があります。天候が良い時期は乾季の10月~4月。

参考プラン:ディマプール空港からインパール空港まで6泊7日

行程【宿泊地】
1 ディマプール空港到着後、専用車にて山道を上り州都コヒマへ。「コヒマ三差路」とも呼ばれ、日英軍の戦いが市内で最も激しかった舞台でもあった現連合軍墓地見学。ホテルへチェックイン。【コヒマ泊】
2 庶民の台所であるマオ・マーケット、日本人戦没者遺族の方々によって建てられたコヒマ大聖堂を見学後、日本軍の遺物が展示されているキサマ村の第二次世界大戦博物館、及び佐藤中尉の住んでいた家が現存するキグウェマ村の訪問。コヒマへ戻り、日本軍が使用していた戦車の残骸が展示された州立博物館を見学。【コヒマ泊】
3 インパールを経由してウクルルへ向けて移動。途中、戦時中ライフラインであり、日英の戦闘舞台だった国道2号線を通ります。【ウクルル泊】
4 ウクルル周辺の激戦地であった山岳地帯を眺めながら慰霊。その後、サンシャック(サンジャック)にて日本軍慰霊碑と日本軍兵士が埋葬されたとされる村の教会を訪問。インパールへ移動。途中、未だに日本軍の亡霊が現れると言われているインパール郊外にあるヌンシグンの丘付近へ。【インパール泊】
5 日帰りにて日本軍の退却ルートの要所でもあり、野戦病院が並んでいたモレーへ。途中、激しい戦いの舞台でもあったテングノパルにて谷を眺めながら慰霊。険しい山脈を超え、ミャンマーの平原へ向けて下ります。市場がある国境と、情勢が良ければ印緬友好の橋を訪れます。その後、インパールへ戻ります。【インパール泊】
6 インパール作戦中最も悲惨な戦いの舞台だったレッドヒルへ。麓にあるインド平和記念碑、平和資料館、及び日本軍慰霊碑を訪問。その後、モラインのINA博物館と、インパール盆地が見渡せるロクタク湖畔のセンドラ・アイランドへ。インパールへ戻り、アランバム氏が自ら採掘した日本軍の遺品の数々が展示されている戦争博物館へ。 【インパール泊】
7 インパール市内観光(イマ・マーケット等)後、インパール空港へ。

ご利用宿泊施設一例

コヒマではインパール作戦時から存在しているヘリテージホテル、インパールでは市内で最も設備の整ったホテルへご案内致します。

備考

・日程はお客様のご都合に合わせて作成後、お見積りを算出致します。

・アランバム氏によるガイドは100%の確証はございません。ご手配確定後、本人と身内に予期せぬ緊急事態が発生した際には、別のガイドを手配させて頂く場合があります。

・ナガランド、マニプール両州とも禁酒となっており、基本的に現地にて酒類を購入する事はできません。

・マニプール州では現在、外務省の海外安全情報では危険度レベル2の「不要不急の渡航を止めて下さい」となっております。同州では近年インドからの分離独立運動があり、反政府の過激派によるインド政府関係のへの攻撃が時々起こっておりますが、今まで観光客を狙った事件は一切無く、インド軍も多く駐留しているので逆に治安面に安心あると判断します。ただし、地元住民によるストライキ等により、道路が遮断されたり、ナガランドとの州境が閉鎖されたりという事は過去に起こっております。お問い合わせの際には、最新の情勢を考慮しながらプランを作成致します。

・お問合せ及びお申込みの流れに関しましてはこちらをご確認下さいませ。

弊社スタッフの現地訪問記

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