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仏陀が悟りを開いたブッダガヤと周辺の仏教遺跡


お釈迦様が悟りを開く前に瞑想に励まれた前正覚山

ブッダガヤのモデルプランに関しまして:

このページではデリーから往復飛行機で行く1泊2日のプランをご案内しておりますが、バラナシとセットで訪れたり、その他八大仏教聖地、又は四大仏教聖地のすべてを訪れるプランも作成致します。お客様のご都合に合わせたプランを作成致しますので、詳しくはお問い合わせ下さいませ。このページの一番下に7泊8日の七大聖地をすべて訪れるプランも参考までに記載しております。

バラナシ(サルナート)とセット
バラナシ郊外にあるサルナートは四大仏教聖地の一つでもあり、ブッダガヤと同じ日程で訪問されるプランも一般的です。ブッダガヤからバラナシは車で約6時間の距離です。

ブッダガヤの空港に付きまして:
ブッダガヤにも空港はあり、シーズン中(10月~3月)のみ、デリーから毎日飛行機が運行しております。しかし、デリー出発が午後となり、もし1泊2日で行かれる場合には時間の効率が良くない為、初日は早朝便のパトナ行き、帰りはブッダガヤからの出発をご案内しております。もし、日程にゆとりがある場合は往復ブッダガヤ空港のご利用をお勧め致します。観光シーズン以外は、往復ともパトナ空港からの発着となります。




八大聖地のご案内

聖地名 意味 詳細
ルンビニ
※四大聖地
誕生の地 ネパールのルンビニに位置し、お釈迦様はこの地でマーヤ夫人の脇から無憂樹の下で生まれました。その場所は現在マーヤ・デーヴィ寺院となっており、隣にはアショカ王が巡礼した際に立てられた石柱が残されています。1997年に世界遺産に登録されました。生誕わずか1週間で母を失い、その後は母の妹によって育てられました。
ブッダガヤ
※四大聖地
悟りの地 お釈迦様が悟りを開いた地であり、その場所は現在大菩提寺(世界遺産マハボディ寺院)の敷地内にあります。郊外には悟りを開くまえに修行された前正覚山、乳粥供養を受けたスジャータ村、尼蓮禅河で知られるニランジャラ川、世界各国の寺院など、見所はとても豊富です。国際色豊かなこの町でゆっくりされるのがお勧めです。
サルナート
※四大聖地
初めての
説法の地
お釈迦様が悟りを開かれたら向かわれた地がここサルナート。ここで、初めての説法を5人の昔の修行仲間に語りました。その後、6世紀には巨大なストゥーパが建てられています。考古学博物館には5世紀に作られた初転法輪像とアショカ王の石柱が美しい状態で保存されています。
クシナガル
※四大聖地
入滅の地 悟りを開いてから約45年、お釈迦様が亡くなられた地です。入滅された大涅槃寺には横になられた涅槃像があり、近所には火葬されたと言われているラマバール・ストゥーパや約1000年以上前に作られた黄金の仏像、最後の沐浴をされたラニヤバティ川などが名所となっています。
ラージギル 布教の地 お釈迦様が瞑想に励み、法華経を説いた霊鷲山はここラージギルに位置します。当時マガダ国の首都であり、ビンビサラ王は仏教に改宗し、この地で教団に対して仏教で最初の寺院と言われる竹林精舎を建てました。ラージギルはジャイナ教の聖地でもあり、数々のジャイナ教寺院も健在します。また、多宝山の頂上には日本山妙法寺が位置します。
ヴァイシャーリ 最後の旅
の地
お釈迦様の入滅後、8つに分けられた仏舎利の一つがここヴァイシャーリに納められています。ここでは、お釈迦様が猿から蜂蜜をもらった場所とされており、立派なアショカ王の石柱が残されています。
スラヴァスティ 教団本部
の地
当時コーサラ王国の首都があった場所です。お釈迦様はこの土地を気に入り、敷地に金貨を敷き詰め土地をもらったと言われています。後に、祗園精舎となりました。24年間、雨季はこの地で説法をされ、現在でもその土台が残されております。
サンカーシャ 昇天の地 サンカーシャは八大聖地で唯一、伝説に基づいた聖地となっております。お釈迦様が昇天された3ヶ月後にサンカーシャに降り、母親、マーヤ夫人と出会ったとされています。

下記、モデルプランをご参考下さい。
ご参加人数、日程に合わせ、お見積もりを作成致します。
ホテルに付きましてはホテルのページにてご希望をご確認下さい。


モデルプラン名 プラン番号 旅行日数 催行期間
往復飛行機で行くでブッダガヤと周辺の仏跡観光 BG-1 1泊2日 1年中

往復飛行機で行くブッダガヤと周辺の仏跡観光
プラン番号:BG-1
催行期間:1年中(4月下旬~6月中旬は連日40度を超える日々が多く、とても暑いのであまりお勧め致しません。)
旅行日数:1泊2日
観光シーズン:10月~3月(4月~6月中旬は酷暑期、6月下旬~9月は雨期となります。)

八大仏教遺跡の2つを訪問します。仏陀が悟りを開いたブッダガヤと法華経を説いた霊鷲山を訪れます。また、世界で最古の大学の一つと言われているナーランダ大学の跡地も見学します。ブッダガヤでは仏陀が瞑想に励まれた前正覚山と、乳粥供養されたセーナ村も含め、1泊2日で充実した仏教遺跡のプランとなります。


マハボディー寺院の菩提樹の前でお経を唱える巡礼者


霊鷲山へ続く歩道


霊鷲山の頂上

世界遺産マハボディー寺院

前正覚山の寺院

日程表:
日程 スケジュール【宿泊地】
1
午前:お客様のフライトが午前7時~8時台にパトナ空港ご到着。日本語ガイドと共に、ナーランダへ向います(所要約2時間)。ナーランダ大学跡見学。その後、ラージギルへ向かいます(所要約30分)。
午後:ラージギル到着後、ローカルレストランにてご昼食。その後、
霊鷲山へ登ります(往復約1時間半)。ビンサラ王が仏陀のために建てた竹林精舎をご訪問。その後、ブッダガヤへ移動(所要約2時間)。夕方、ブッダガヤのホテルへチェックイン。
【ブッダガヤ泊】

三蔵法師も訪れました
ナーランダ大学跡
世界最古の大学の一つとも呼ばれ、427年に建てられました。仏陀も大学ができる前にこの地を訪れられ、説法されたと言われています。当時は10000人の生徒が暮らし、勉強されていました。7世紀には三蔵法師も訪れ、この大学から様々な経典を中国に持ち帰ったそうです。12世紀にはアイバク勢力の破壊により、大学の機能は停止しました。

霊鷲山頂上
霊鷲山(りょうじゅせん)
仏陀が法華経を説かれた場所がここ霊鷲山です。鷲の羽を広げた姿に見える事からそのような名前が付けられました。仏陀はこの場所を好んで説法を唱えられ、仏陀に帰依されていたこの地の王ビンビサーラは説法を聞くために麓から山頂まで階段を造りました。現在では日本により綺麗に歩道が整備され、往復1時間半ほどで観光が可能です。

竹林精舎
竹林精舎(ちくりんしょうじゃ)
世界で初めて仏教寺院が建てられた場所だと言われています。仏陀に最も最初に帰依された王様であるビンビサーラ王がここの土地をお釈迦様へ提供しました。ここはスラヴァスティと並ぶ仏陀の雨季の季節の定住場所であり、この地でしばらく住まわれました。現在では少しばかりの竹のジャングルがあり、仏陀が沐浴されたカランダカ池があります。
2
午前:仏陀が悟りを開く前に苦行をされた前正覚山・留影窟を訪れます。その後、乳粥供養を受けたスジャータ村を訪問。尼蓮禅河を渡り、ブッダガヤへ戻り、世界遺産マハボディ寺院(大菩提寺)を訪問します。お時間があれば、世界各国の寺院も訪問が可能です。
午後:ご昼食後、ブッダガヤ空港又はパトナ空港へ送迎。

前正覚山へ続く歩道
前正覚山(ぜんしょうがくさん)
仏陀が6年間5人の仲間と修行に励んだ山がこの場所です。苦行のあげく、苦しみから脱する事ができないと気づいた仏陀は、この山を下山する事と決意しました。そして、王子時代に味わった快楽も、この山で体験した苦行も悟りを開くことが出来ないとしったお釈迦様は中道の大切さの意味を知りました。現在、歩道は整備され、徒歩15分程で留影窟に辿りつきます。

留影窟内部
留影窟(りゅうえいくつ)
前正覚山に掘られた小さな岩の洞窟内部には痩せた仏陀の苦行像がございます。伝説によりますと一旦下山されてスジャータ村で乳粥を受けた後、この山に戻り悟りを開こうとしたところ、山の神が恐れを懐き菩提樹の下で悟りを開くよう申されました。しかし、ここに住んでいた龍がここで悟りを開いてほしかったために、仏陀はその願いを叶えるためにこの洞窟に自分の影を残したと言われています。

乳粥供養の場所
スジャータ村
6年間の苦行で痩せ細った仏陀は下山され尼蓮禅河で沐浴をされました。その姿見ていた村の娘、スジャータが、仏陀の神々しい光景に圧倒され、仏陀に乳粥を供養されしました。この後、体力を取り戻され、菩提樹に向かわれました。スジャータ村は、別名セーナ村とも呼ばれています。

乾季の様子
尼蓮禅河(ニランジャラ川)
前正覚山から下山された仏陀が体を清められたのがここ尼蓮禅河です。乾季は水一滴も流れない砂地ですが、雨季になりますと川となります。

53メートルの塔
世界遺産マハボディ寺院(大菩提寺)
乳粥を供養をされた後に向かわれたのが現在は寺院となっている菩提樹です。仏陀この地で49日間の瞑想に励まれ、12月8日についに悟りを開かれました。35歳の時でした。5世紀のグプタ王朝時代に、この地に寺院が建設され大菩提寺と名づけられました。世界中の仏教徒が集まり、仏教最大の聖地となっております。

日本寺
世界各国の寺院
ブッダガヤは世界中の仏教徒が集まるため、国際色とても豊かです。各国はここに寺院を建て、日本寺、ブータン寺、タイ寺、中国寺、ベトナム寺、スリランカ寺など、その国の建築スタイルで造られています。特に日本寺はまるで日本に来た様な錯覚を起こさせます。日本寺では、毎日2回約1時間づつ(午前と午後)、日本人の僧侶による座禅のセッションが行われます。

備考:
※12月上旬から1月下旬にかけて、北インド平野部では、濃霧が発生しやすくなります。この時期は、飛行機・列車の遅延、キャンセル等多くなることが予測されます。ご旅行のスケジュールには余裕をお持ちくださいます様よろしくお願いいたします。また、弊社では、飛行機・列車等の遅延、キャンセル等の責任は取れませんことを予めご理解、ご了承くださいます様よろしくお願いいたします。
※4月~6月中旬までは最高気温が40度を超える日々が多くなります。この時期にご旅行予定のお客様は、こまめに水分補給をして、体調には十分お気をつけ下さい。


食事に付きまして:
基本的にお食事はホテルで召し上がります。ホテルでのお食事はインド料理の他、インド風中華料理やコンチネンタル(西洋料理)となります。

ホテルに付きまして:
ブッダガヤのホテルは市内で一番設備の整ったザ・ロイヤル・レジデンシー・ブッダガヤをお勧めしております。しかしながら、市内で最も高いランクのホテルであっても、お湯の問題などがあったり、部屋の設備が不十分でご満足に至らない場合がありますことを予めご了承下さいませ。

   
ザ・ロイヤル・レジデンシー・ブッダガヤ
ブッダガヤ市内中心部から約2キロ離れておりますが、セキュリティーもしっかりとした市内で一番設備の整ったホテルです。ほとんどのお部屋でバスタブが付いております。

七大聖地を7泊8日で訪れるプラン

日程 スケジュール【宿泊地】
1
午前:お客様のフライトがバラナシ空港ご到着。バラナシ空港到着後、日本語ガイドと共に、サルナートへ向かいます(所要約1時間)。
午後:サルナートご到着。ローカルレストランにてご昼食後、サルナート観光。初転法輪像が保存されている
考古学博物館、お釈迦様が初めて説法を説いたダメック・ストゥーパと、壁画が美しいムールガンダ・クティ寺院を訪れます。観光後、バラナシへ移動(所要約1時間)。ホテルへチェックイン。
夕方:ガンジス川沿いのガートにて、夜の聖なる儀式、
アールティをボートから観賞します。ホテルにてご夕食。
【バラナシ泊】

博物館入口
考古学博物館
ここでの主な見所は二つ。一つは、インドに沢山あるアショカ王の石柱で最も立派だと言われている、紀元前3世紀に造られた石柱で柱頭部にはライオン(四匹獅子)像が展示されており、インドの国章となっています。もう一つの必見は見事で美しい初転法輪像が展示されています。入場すると左側が仏教関係、右側がヒンドゥー教関係となっています。

初めて説法がされた場所
ダメック・ストゥーパ
仏教四大聖地の一つであるこの場所は、お釈迦様がブッダガヤで悟りを開かれてから、初めて修行仲間に説法を説かれた場所です。世界中から仏教徒が集まり、ストゥーパの前で祈りをささげる姿は信仰心の思いが伝わります。高さは34メートルもあり、紀元5世紀に造られましたが一番古いレンガは紀元前3世紀のものだと言われています。ダメック・ストゥーパ周辺には様々な当時の寺院跡などが残されています。

寺院入口
ムールガンダ・クティ寺院
スリランカによって1931年に建てられました。寺院内には、日本人画家の野生司香雪による壁画が綺麗に保存されています。寺院横にはスリランカのアヌラダプラから運ばれた菩提樹が隣接しています。

儀式の様子
火の礼拝儀式アールティ
火を利用した神様への礼拝です。バジャンと呼ばれる聖歌と同時に、お坊さんが火とお香を使い、時計回りに数回回しをします。これは、我々の生活が神様を中心にして動いているという意味です。ガンジス川沿いの町では夕方から盛んに行われていますが、ここバラナシが最もスケールが大きいと言えるでしょう。ボートから眺める儀式は、迫力があります。
2
早朝:ガートまで移動します。早朝のボートライドにて、ガンジス川から昇る朝日とガート沿いで沐浴する人たちの景色をお楽しみ下さい。ボートから降り、旧市街散策。火葬場で有名なマニカルニカ・ガートと、黄金の寺院で有名なヴィシュワナート寺院を見学。ホテルに戻り、ご朝食。ご朝食後、チェックアウト。ブッダガヤへ移動(所要約6時間)。道中、ローカルレストランにてご昼食。
夕方:ブッダガヤ到着。ホテルにてご夕食。
【ブッダガヤ泊】


早朝のボートライド
早朝のボートライド
バラナシの一番のお勧めはなんといっても早朝のボートライド。まだ電気の明かりが照らすガートを眺めるのは格別です。反対側からは、朝日が昇ります。沐浴する人々、煙立つ火葬場、修行者のサドゥー、ガンジス川に向かって瞑想する旅行者...なぜこのガンジス川にひきつけられるのかを実感させられます。

沐浴する人々
ガンジス川沿いのガート
ヴァラナシにはたくさんのガート(階段状の堤)があります。雨季と乾季で川の水量がとても変わるので、結構長い階段となっています。何十のガートがあり、一番大きいのがダシャシュワメド・ガートで、こちらでボートの乗り場やアールティの行われる場所となっています。沐浴は火葬場はこのガート沿いにあります。

旧市街の様子
旧市街
車はほとんど通れず、細い路地が入り組みあったのがここ旧市街。生活観たっぷりです。ここを支配していたマハラジャが、敵から攻撃を守るためにわざと迷路のように造ったために、このような狭い道となっているそうです。この旧市街の有名な見所は1776にインドールのアハリヤ・バイによって建てられたヴィシュワナート寺院。シヴァ神が祭られたこの寺院のドームは、なんと800キロの黄金を使用されており別名ゴールデン・テンプルと言われています。
3
午前:お釈迦様が悟りを開く前に苦行をされた前正覚山・留影窟を訪れます。その後、乳粥供養を受けたスジャータ村を訪問。尼蓮禅河を渡り、ブッダガヤへ戻ります。
午後:ローカルレストランにてご昼食後、ブッダガヤ市内観光。
世界遺産マハボディ寺院(大菩提寺)を訪問します。その後、自由時間。小さな町ですので、世界各国の寺院を徒歩で巡るなどお楽しみ下さい。午後12時~2時は閉まっています。
【ブッダガヤ泊】


前正覚山へ続く歩道
前正覚山(ぜんしょうがくさん)
お釈迦様が6年間5人の仲間と修行に励んだ山がこの場所です。苦行のあげく、苦しみから脱する事ができないと気づいたお釈迦様は、この山を下山する事と決意しました。そして、王子時代に味わった快楽も、この山で体験した苦行も悟りを開くことが出来ないとしったお釈迦様は中道の大切さの意味を知りました。現在、歩道は整備され、徒歩15分程で留影窟に辿りつきます。

留影窟内部
留影窟(りゅうえいくつ)
前正覚山に掘られた小さな岩の洞窟内部には痩せたお釈迦様の苦行像がございます。伝説によりますと一旦下山されてスジャータ村で乳粥を受けた後、この山に戻り悟りを開こうとしたところ、山の神が恐れを懐き菩提樹の下で悟りを開くよう申されました。しかし、ここに住んでいた龍がここで悟りを開いてほしかったために、お釈迦様はその願いを叶えるためにこの洞窟に自分の影を残したと言われています。

乳粥供養の場所
スジャータ村
6年間の苦行で痩せ細ったお釈迦様は下山され尼蓮禅河で沐浴をされました。その姿見ていた村の娘、スジャータが、お釈迦様の神々しい光景に圧倒され、お釈迦様に乳粥を供養されしました。この後、体力を取り戻され、菩提樹に向かわれました。スジャータ村は、別名セーナ村とも呼ばれています。

乾季の様子
尼蓮禅河(ニランジャラ川、にれんぜんが)
前正覚山から下山されたお釈迦様が体を清められたのがここ尼蓮禅河です。乾季は水一滴も流れない砂地ですが、雨季になりますと川となります。

53メートルの塔
世界遺産マハボディ寺院(大菩提寺)
乳粥を供養をされた後に向かわれたのが現在は寺院となっている菩提樹です。お釈迦様この地で49日間の瞑想に励まれ、12月8日についに悟りを開かれました。35歳の時でした。5世紀のグプタ王朝時代に、この地に寺院が建設され大菩提寺と名づけられました。世界中の仏教徒が集まり、仏教最大の聖地となっております。

日本寺
世界各国の寺院
ブッダガヤは世界中の仏教徒が集まるため、国際色とても豊かです。各国はここに寺院を建て、日本寺、ブータン寺、タイ寺、中国寺、ベトナム寺、スリランカ寺など、その国の建築スタイルで造られています。特に日本寺はまるで日本に来た様な錯覚を起こさせます。日本寺では、毎日2回約1時間づつ(午前と午後)、日本人の僧侶による座禅のセッションが行われます。
4
朝:ナーランダへ移動します(所要約3時間)。ナーランダ大学跡ご訪問。その後、ラージギルへ向かいます(所要約30分)。
午後:ラージギル到着後、ローカルレストランにてご昼食。その後、
霊鷲山へ登ります(往復約1時間半)。ロープウェイにて、日本山妙法寺までご案内。そこから眺めるラージギルの景色をお楽しみ下さい。ビンサラ王がお釈迦様のために建てた竹林精舎をご訪問。
夕方:ラージギルのホテルへチェックイン。ホテルにてご夕食。
【ラージギル泊】


三蔵法師も訪れました
ナーランダ大学跡
世界最古の大学の一つとも呼ばれ、427年に建てられました。お釈迦様も大学ができる前にこの地を訪れられ、説法されたと言われています。当時は10000人の生徒が暮らし、勉強されていました。7世紀には三蔵法師も訪れ、この大学から様々な経典を中国に持ち帰ったそうです。12世紀にはアイバク勢力の破壊により、大学の機能は停止しました。

霊鷲山頂上
霊鷲山(りょうじゅせん)
お釈迦様が法華経を説かれた場所がここ霊鷲山です。鷲の羽を広げた姿に見える事からそのような名前が付けられました。お釈迦様はこの場所を好んで説法を唱えられ、お釈迦様に帰依されていたこの地の王ビンビサーラは説法を聞くために麓から山頂まで階段を造りました。現在では日本により綺麗に歩道が整備され、往復1時間半ほどで観光が可能です。

日本山妙法寺
日本山妙法寺(にほんさんみょうほうじ)
日蓮宗が建造した仏塔が、霊鷲山の向かい側にある多宝山の山頂に位置します。上からは景色が良く、ラージギルの町並みが一望できます。また、日本山妙法寺までの交通手段は一人乗りのロープウェイです。まるでスキーリフトの様なオープンエアの籠は、スリルは満点です。ここから眺めるラージギルの景色も格別です。

竹林精舎
竹林精舎(ちくりんしょうじゃ)
世界で初めて仏教寺院が建てられた場所だと言われています。お釈迦様に最も最初に帰依された王様であるビンビサーラ王がここの土地をお釈迦様へ提供しました。ここはスラヴァスティと並ぶお釈迦様の雨季の季節の定住場所であり、この地でしばらく住まわれました。現在では少しばかりの竹のジャングルがあり、お釈迦様が沐浴されたカランダカ池がございます。
5
午前:クシナガルへ移動 (所要約10時間)。道中、ヴァイシャーリにて仏舎利が収められていると言われているレリック・ストゥーパアショカ王の石柱を訪れます。
夕方:クシナガル到着。
【クシナガル泊】


仏舎利が納められている
レリック・ストゥーパ
お釈迦様の遺骨を納められた仏舎利が、このストゥーパで発見されました。モーリヤ王朝の紀元前5世紀に直径8メートルの大きさに作られ、その後スンガ時代に12メートルに拡張されました。現在では整備された公園となっており、巡礼者が集まっています。

ライオン像が残る石柱
アショカ王の石柱
インドでは各地でアショカ王の石柱がありますがここヴァイシャーリでは天辺にライオン像が綺麗に保存されており、インドの国章となっています。紀元前3世紀に造られたとされ、周辺は当時のストゥーパが数々並びこれからも発掘されそうな遺跡の面影があります。
6
午前:クシナガル観光。お釈迦様が火葬されたラマバール・ストゥーパ、最後に説法をされた場所に建てられている古いマタクアール寺院、そして、入滅された大涅槃寺を訪れます。その後、ルンビニへ移動(所要約6時間)。
午後:道中、ご昼食。国境を越え、ネパールに入国します。ルンビニ観光。世界遺産ルンビニ聖園内にある、お釈迦様が生誕された場所、
マーヤ・デヴィ寺院、産湯に浸かったプスカリーニ池や、アショカ王の石柱をご訪問します。観光後、ホテルへチェックイン。ホテルにて、ご夕食。
【ルンビニ泊】


お釈迦様が火葬された場所
ラマバール・ストゥーパ
お釈迦様入滅の地、クシナガル。この場所で、火葬されました。15メートルのストゥーパが建てられ、アジアから中心に巡礼に来た僧侶や巡礼者が瞑想やお経を唱えています。

当時のままに保存されている
マタクアール寺院
お釈迦様はこの小さな寺院で人生最後の説法を説かれたました。ここには3メートルの仏像があり、10世紀に建造されたと言われています。金箔で覆われていますが、元々青石で作られています。

金箔で覆われた涅槃像
大涅槃寺(だいねはんでら)
涅槃像が置かれている寺院です。お釈迦様はこの場所で入滅されました。この涅槃像は5世紀に作られ、1876年に発掘されました。6メートルの長さがあります。寺院の前には沙羅の木が植えられています。また、寺院の後ろには19メートルの高さとなるストゥーパが建てられています。

マーヤ・デヴィ寺院
マーヤ・デヴィ寺院
お釈迦様が生誕された場所です。出産のために実家に帰る途中で、ルンビニ園で沐浴し、無憂樹の花に触れた時にお釈迦様がお生まれになりました。お釈迦様が生まれてから7歩歩き、「天上天下、唯我独尊」を宣言したと言われています。隣には産湯をつかったと言われる池が残っております。1997年に世界遺産として登録されました。

アショカ王の石柱
アショカ王の石柱
アショカ王が巡礼したときに建てられた石柱がマーヤ・デヴィ寺院に隣接されたいます。ここの石柱は他のアショカ王が建てた石柱に比べて太めに作られています。
7
午前:スラヴァスティへ移動(所要約8時間)。インドに再入国します。道中、釈迦王国の首都であったカピラヴァストゥへ。その後、住居地域であったガンワリアも訪れます。
午後:マハラジャの宮殿ロッジ、
ザ・ロイヤル・リトリートにてご昼食。その後、スラヴァスティへ向かいます。
夕方:スラヴァスティ到着。ホテルへチェックイン。ホテルにてご夕食。
【スラヴァスティ泊】

ガンワリア
カピラヴァストゥ
紀元前6世紀、お釈迦様の父親が王様だった釈迦王国の首都がカピラヴァストゥでした。お釈迦様入滅後、釈迦族が仏舎利の一つを持ち、ここにストゥーパを建てました。僧院や当時の公会堂なども残されています。僧院の一つには、当時の伝説が描かれた壁も発見されています。カピラヴァストゥは主に信仰の中心でしたが、近くのガンワリアには当時の住居が残されています。

広々とした庭園
ザ・ロイヤル・リトリート
カピラヴァストゥ遺跡の近くに位置する、元マハラジャの子孫が経営する宮殿ホテルです。広大な緑豊かな敷地内には様々な植物が植えられ、アンティークな家具が並びます。18世紀に建てられ、ゆったりと寛ぐには最適な場所です。
8
午前:スラヴァスティ観光。お釈迦様がほぼ毎年雨季で過ごし、説法をされた祇園精舎を訪れます。その後、仏教とほぼ同じ時期に生まれたジャイナ教の寺院をご訪問。その後、ラックナウへ向かいます(所要約4時間)。
午後:ローカルレストランにてご昼食。ラックナウ空港へ移動。日本語ガイドはラックナウ空港でお別れとなります。夕方の飛行機にてデリーへ移動。

釈尊香室跡
祇園精舎
ここはお釈迦様が人生に中で最も長く滞在された場所の一つです。24年にわたり、雨季の季節はこの地で説法を説かれました。お釈迦様に帰依したスダッタは、お釈迦様のために土地を提供しようとこの場所を所有するジャータ太子に対して土地分の金貨を敷き始め、それを見て驚いたジャータ太子はスダッタに譲渡しました。そして、お釈迦様が説法を場所になりました。

寺院入口
ジャイナ教寺院
ジャイナ教は不殺戮を重要な教えとし、お釈迦様が生きていた時代にジャイナ教の開祖、マハヴィーラも生きていました。お互いに共通する教えが多く、お釈迦様の教えにも響きました。例えば、雨季の季節一つの定住地に留まっていた理由の一つは、道に生きている微生物などを殺さないためだとも言われています。寺院内には、一見仏陀の様な像がありますが、こちらはマハヴィーラの像となります。

備考:
※上記日程には、もう一つの聖地、サンカーシャが含まれておりません。サンカーシャはその他七つの聖地から距離が離れており、こちらを含むだけでもう2泊日数が必要となります。サンカーシャは八大聖地の中で唯一伝説に基づいた聖地となっており、こちらには実際お釈迦様は足跡を残されておりません。サンカーシャもご訪問希望でしたら承りますのでその際にはお問い合わせ下さい。

※サルナートの考古学博物館とナーランダ大学は金曜日がお休みとなっています。
※この日程ではネパールに出入国致します。
ネパール入国にあたり、日本国籍の方はビザが必要になります。ビザは国境でも取得できますが、可能であればデリー又は日本で取得された方がスムーズに国境が超えられます。また、インドへ再入国しますので、必ずインドビザはマルチプル・エントリービザをご取得下さいませ
※12月上旬から1月下旬にかけて、北インド平野部では、濃霧が発生しやすくなります。この時期は、飛行機・列車の遅延、キャンセル等多くなることが予測されます。ご旅行のスケジュールには余裕をお持ちくださいます様よろしくお願いいたします。また、弊社では、飛行機・列車等の遅延、キャンセル等の責任は取れませんことを予めご理解、ご了承くださいます様よろしくお願いいたします。
※4月~6月下旬までは最高気温が40度を超える日々が多くなります。この時期にご旅行予定のお客様は、こまめに水分補給をして、体調には十分お気をつけ下さい。


ご注意:
※お申し込みの際には必ず約款をお読み頂けます様お願いいたします。
※必ず海外旅行保険にご加入された上でご参加くださいませ。

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